む題12

私は、2021(令和3)年3月末で市役所を退職しました。

同年4月から家事代行合同会社の一人社長、5月から行政書士事務所の一人所長として、

以来、丸4年間、基本的には一人で仕事をしてきました。

一人で、と言っても、高齢・障害の福祉関係者の協力がなければ、何もできないんですけど。

これはもう、支援者の方々に感謝の念しかありません。

「なんで公務員を辞めたのか?」については、今も時々、思い返します。

最近では結局「自分のやりたいようにやりたかった=自己決定権を取り戻したかった」のだ、

と自分なりに言語化しています。

公務員として働いていた時「こうしたらいいのに」という改善案が、常に心にありました。

ただ、それを実現するには、周りを説得するための膨大な時間と、相当の労力が必要です。

上位の役職=権限を持つことも必要です。年数が経って、必ず偉くなれるとは限りません。

例え、偉くなれたとしても、そのころには、きっと改善の熱意は冷めているでしょう。

だから「今すぐ、自分一人でやれる範囲で、やりたいことを、自由にやろう」と、

その方向に舵を切ったのが、2020(令和2)年6月ころでした。

おかげさまで、早いもので開業5年目になります。

目の前の事を一つ一つ、懸命に取り組んでいたら、365日×4年=1,460日が経ちました。

以前「人生が楽しめる20才から70才の50年をどう使うかが大事」みたいなことを書きました。

50年は、×365日で、18,250日にもなるのですね。(うるう年は、考慮しません。)

その50年のうち、20代前半は大学生と就職浪人で、計3年ほどを過ごし、

その後、20代後半と30代は公務員として18年間を過ごし、

40代になってからは一人社長として4年間を過ごしたわけです。

考え方のクセを知る方法で「コップの水が半分に減った時にどう思うか?」というのがあります。

「もう半分しかない」と考えるか、「あと半分もある」と考えるか、の違いによって、

物事を前向きに捉えられるか、否定的に捉えてしまいがちなのか、わかります。

私は今「70才まであと25年もあるじゃない。何して楽しもうかな」と思っています。

「あと半分もある」と前向きに考えられるようになったのは、40才を過ぎてからです。

20才から40才までの20年間は、「もう○○しかない」と後ろ向きに考えがちな性格でした。

若いころは「このままでいいのかな?」という疑問の種火はずっと抱えていましたが、

ある日、突然「今日が人生で一番若い日です!」と言う怪しいライオンに、出会いました。

いろいろな知恵をつけてもらった結果、「うじうじ考えても、しゃーない。とにかく行動やー」

って、なぜか急にスイッチが入ってしまい、今に至る感じですw

「誰が・いつ・どこで・何に興味を持って、一生懸命、それに取り組むか」なんて、

誰にもわかりません。

それを実際に、やるか・やらないか、それすらも、その人の自由です。

やってみたいことは、自分の価値観・目的に合っていること。

「何のためにそれをするのか」という目的がハッキリすれば、

他人から見て大変そうなことであっても、本人にとっては、やりがいのあることなのです。

「やってみたい」に出会う前の経験は、それはそれで貴重なものです。

至る所に、様々な伏線を張り巡らせていくような感じ。自然と、無意識のうちに。

その時点では意味を感じないことであっても、後になって「こういうことだったのか」と、

意味付けがされ、伏線が回収され、自分だけの物語ができあがっていきます。

だから人生は、どうなるかわからないし、正解があるかもわからないけど、楽しい。

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