「行動」することの重要性について。
まぁ、考え方の一つとして、「ふ~ん」と、気楽に眺めてもらえれば幸いです。
一般的には、生まれてから10代のころまでは、家族の庇護の下で生活します。
ですので、自分一人で、できることには制限があります。
親に育てられ、教育を修了して、社会に出るのは20代前半でしょうか。
独り立ちしてからは、自分で働いて稼いで生活することになります。
そして、脳的にも身体的にも老化が顕著になるのは、70才以降でしょう。
自分でやりたいことがあったとしても、制限が大きくなっている、かもしれません。
あくまで一般的に、です。 個人差は、人それぞれあるでしょうが、ここでは考えません。
今回は「20才から70才までの、自分の意思でやりたいことが思う存分やれるであろう、この50年間をどうやって幸せに使うか」という視点で、思いのままにつらつらと書いてみようかな、と思います。
人間ですので、誰しもが寿命があります。 あなたも、私も、社長さんも、大統領も。
どんなにがんばっても、世界最高齢のギネス記録は123才です。
永遠に、ずっと健康で、頭もしゃっきりして活動的でいられる、ということは、人間である限り、残念ながらありえません。 みんな、老いるのです。 だからこそ、今が大事。
幸せとは、個人の満足度でしょう。
他人にどうこう言われようが「自分が幸せだ」と思い、感じられる状態が幸せなのです。
「ずっと我慢をし続けて、少しでも長生きしたい」 そういう生き方を選んでもよいでしょう。
個人の自由です。 その人が選んだ生き方ですので、誰も否定はできません。
でも、私個人としては「我慢をし続けて、長生きしたい」とは、望んでいません。
これはもう、個人の選択の問題です。 自己決定権、解釈次第、です。
知識と行動と技術と速度と融合、一つ一つ
知行合一(ちこうごういつ)という言葉があります。
中国の明の時代に、王陽明がおこした学問である陽明学の命題のひとつで、知(知ること)と行(行うこと)は同じ心の良知(人間に先天的に備わっている善悪是非の判断能力)から発する作用であり、分離不可能であるとする考え(出典:ウィキペディア) だそうです。
知行合一は、幕末の 吉田 松陰 や 河井 継之助 などに影響を与えた言葉です。
河井 継之助(かわい つぎのすけ)は、私の地元の偉人です。
「幕末当時の、明治政府側につくか、江戸幕府側につくか、の二元論の風潮の中にあって、藩として経済的に自立し、他から攻められないように武装し、スイスのような永世中立国を目指す」という、先見の明があった人物という評価と、
「結局は、郷土に戦火を招き、焦土と化してしまう原因を作った」という、戦犯のような扱いを受ける人物という評価と、
見る人によって、まったく評価が異なる人ではありますが、「周りに流されることなく、自分で考え、その先の時代を見据えて、実際に行動していた」という点で、私に良い影響を与えてくれた先人です。
司馬 遼太郎 の小説 【峠】の主人公です。
もし、興味をもった方がいれば、ご一読を。
日本に生まれた時点で、私たちには、かなりの自由が保障されています。
「戦争がない」 「やろうと思えば、いろいろできる」
世界を見渡せば、それだけで、かなりの幸せ上位層にいます。
それでも、ただ「不自由だ」「不満だ」「国が悪い」「もっと寄こせ」と嘆く人が多い世相に対しては、「それは、ちょっと違うのではないかな」と、個人的に思うわけです。
いつまでも親鳥(国や行政など)から、餌を口まで運んでもらう雛鳥じゃないよね、と。
20才から70才までが自由を実現できる期間だとすれば、私は今45才。
もう25年も経過しましたが、あと25年も残っています。
これは、楽しまなければ、もったいないでしょう。
何を楽しむか、それは人それぞれです。
子どものころ、楽しかった記憶があれば、それを辿るのが一番良いような気がします。
人って、意外と変わり様のないものなのかもしれません。
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